concept
22Jul.2015
無価値という価値

芸術、アートは必要か、不要か。
当然私は必要だと思います。
人生は市場経済からみた価値だけでは計ることができない。
しかし、経済的収入がなければ生活できないのも確かなこと。
この矛盾の狭間で、悩み苦しむ人は多いはず。
しかし、その矛盾を突破するものがあるとすれば、芸術、アートだと思う。
作家が自分の人生を純粋に表現し続けることにより、
人の心を動かすことが出来たのなら
物質的に無価値であったものは、経済的にも価値あるものへと変化する。
それは奇跡のような出来事であり、純粋なことかもしれない。
そのためには芸術を見る側の視点も必要となる。
社会、個人が芸術を受け入れる視点を持っているかということ。
それは、純粋な表現者としての人間に価値を見出せるかという視点であり、
自分だけの価値観、もっと言えば人生観を見出せるかという視点でもある。
そのような視点さえ持てなくなってしまったら、芸術不要論が出るだろう。
しかし、そんな世の中になってしまったら希望など持てない。
写真上:「Casting iron 1995」 井田照一
当然私は必要だと思います。
人生は市場経済からみた価値だけでは計ることができない。
しかし、経済的収入がなければ生活できないのも確かなこと。
この矛盾の狭間で、悩み苦しむ人は多いはず。
しかし、その矛盾を突破するものがあるとすれば、芸術、アートだと思う。
作家が自分の人生を純粋に表現し続けることにより、
人の心を動かすことが出来たのなら
物質的に無価値であったものは、経済的にも価値あるものへと変化する。
それは奇跡のような出来事であり、純粋なことかもしれない。
そのためには芸術を見る側の視点も必要となる。
社会、個人が芸術を受け入れる視点を持っているかということ。
それは、純粋な表現者としての人間に価値を見出せるかという視点であり、
自分だけの価値観、もっと言えば人生観を見出せるかという視点でもある。
そのような視点さえ持てなくなってしまったら、芸術不要論が出るだろう。
しかし、そんな世の中になってしまったら希望など持てない。
写真上:「Casting iron 1995」 井田照一